SUBCONSCIOUS DIARY
起 上 小 法 師 少 年 卍 君 の 花 鳥 風 月 星 物 語
「少年の光年」
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2006・07・23(SUN)
 (形見こそ、今はあだなれこれなくは、忘るゝ時もあらましものを)と、またもやつぶやきながら能装束を脱ぎ捨てた女は痩せていた。身軽になった女はクモのように細長い手足を見せて、興福寺の美しい阿修羅像のように遠い眼差しを天にむけたまま、井戸の底の水面の上へすっくと立ってい微笑んでいた。
 「父さんのこと、忘れてくれたんだね。母さん、楽になれたんだね」
 女はさっきまでの女ではなく、男装から女装へ、女装から男へと複雑きわまりない連鎖をたちきって、後シテを演じていた某何々流の某能役者へと限りなく目覚めていった。ところが、両性具有ぎりぎりになったその刹那、女は胸に隠しもっていた『童子切』の小太刀を抜きはなって心臓近くにあった自分の左腕を根元から一本、ザックリと斬りおとしてしまった。
 「こんなにぐっすり眠ったことはなかったよ。お慕い申し上げる業平様とご一緒に、寺の庭の沈丁花の香りにつつまれながらのびのびと、こうしてこれから横たわる。おやすみなさい、卍君。わたしがお前の母さんであるかどうかは分からないが、お前のおかげで、わたしはわたしの連鎖をたちきった。いずれにしてもみんなどこかで繋がっていて、むかしむかしはツバメの親子であったかも知れないし、お前が思慕する母様であるかも知れないが、形あるものはみな壊れてしまう。だからわたしのように過去を心配するのではなく、お前の言う〈世界〉の外を生きてほしいの。ほら、星々だってウインクしている。この腕一本、お前の役にたつかたたぬかは分からないが置土産に置いてゆく」
 と、言い放ちながら急舞を舞い、つぎに破舞を舞い、やがて品位ある静かな序舞を舞い納めながら井戸の外へと舞い上がっていった。
 残された左腕がみるみると一匹の蛇になって、ぶよぶよした甲羅のごくわずかな隙間から侵入し、肉のあいだを出たり入ったりしながら紐結びのリングのように規則正しい宇宙学の摂理を描きながら、ぼくの体内を縦横無尽に走りまわった。そして、いったん外へ出た蛇はやがて肛門から内蔵へ入り、左脚の穴から外へ出て小さなリングを作った。つぎも同じようにしながら右脚の穴から外へ出て小さなリングをふたたび作った。左右の後ろ足をそれぞれのリングによって縁どった蛇は、やがて内蔵の中心部を通りながらバイアス状のまま左腕の穴へむかって進行し、そこの穴から外へ出てまた小さなリングを巻きながら左手を形どった。同じくして右手を作ったかと思うと、最後には首の穴を通過しながらペニスのような顏をだした。が、その姿はもう蛇ではなく、一匹の立派な亀だった。
 井戸の上の娑婆世界から女がうっかり落としていった扇が月に照らされ、未練がましく開いたり閉じたりしながら花車の絵の金泥や朱を際立たせて落下した。
 御玉杓子のように手も足も首も尾もはえ揃ったいま、井戸の中から外へ出ようと思ったが、反復する夢の貯蔵庫はたえず変化していて、〈世界〉の外へ出る鍵はそうやすやすとは見当たらなかった。「往きはよいよい還りはこわい」眼の前に浮かんだ月も、星も、花も、鳥も、風も、霧も、ノイズも、影も………男も女もことごとく吸い込んですべての感覚体を開きながら彼らと一体化できたのに、なにかへ生れ変われたのに、鍵はまだ見当たらないでいた。

2006・07・22(SAT)
 そんな母にむかって、母の母であった祖母がよく口にしていた『光年心経』を片言ながらに唱えてみたことによって、母は条件反射的に振り返った。
 「マンジ! 少しもかわらないわね、十月十日のあのころと」
 「本当はもうちょっと大人なんだけど、ぼく、母さんに会いたくて胎児のような真似事をしているんだ」
 「あら、どうして?」
 「ずっとここにいてこんな格好をしていれば、きっと母さんと出遇えるんじゃないかって」
 「思っていたのね」
 「うん」
 「卍」
 と、女はこのときはっきりぼくの名前を呼んだ。
 「嬉しいじゃないか、大きくなったお前の顏が見たいよ。もっとお傍においで」
 と、女が言った。
 「だめなんだよ、ぼくを捨てちまった母の温かい心臓の鼓動を与えられるまでは、手も足もでないのっぺらぼうのまんま、こんなちっぽけな井戸であっても一端入ってしまったらもう二度とふたたび外へでることができないでいる………。ああ、〈世界〉の外を見てみたいな。母さん、さむいよ」
 女は突然、「うををうっ!」と、言いながら被っていた冠のヒモをほどいて古歌を詠みはじめた。

 形見こそ今はあだなれこれなくは忘るゝ時もあらましものを

 あだな男が他の女のもとへ去っていったときに形見だと言って残していったこの品々、ああ、いまとなっては恨みの種の浮気草、これがなかったなら、おまえと言う男のことを忘れるときもあったろうものを。と、言いながらぼくをのぞき込んだまま巻纓の冠を脱ぎ捨てて、追懸や鬘、着付摺箔や長絹を剥ぎ放った。


2006・07・21(FRI)
 親子の関係性を考えたとき、血のつながりがあるのは母親と子供だけであって、父親と子供のあいだには一種触媒的な意味あいしかなく、父親とは淘汰されてゆくものであり、少年は父の持っていた理論を乗り越えて、道徳的判断において殺されなければならなかった。妻を捨てた業平であったが、結果、妻と子供に捨てられたのは業平のほうであったかも知れない。母親とは、女とは、生の根源において〈われわれの〉あらゆる出発点であり、そのことがたとえ地上的であったとしても宇宙的で、いまさら男親のでる幕でもなく、父親殺しをした少年ですら、やがては父親となってまた殺される王となる。その前に、ぼくは母なる鼓動と情を交えておきたいと考えていた。


2006・07・20(THU)
 「父ノ血筋ガ二十八億三千五百万光年、母ノ血筋ガ二十八億三千五百万光年、両方合ワセテ五十六億七千万光年摩訶サッタボサツ、マカサツボーディサットバ、マカ、アウゲンブリックヴェクサシオン、アナトウトウ、マカ、アウゲンブリックマイトレーヤヴェクサシオン、マカ、ヴェクサシオン、アナトウトウ」


2006・07・19(WED)
 「………マ・ン・ジュ・ウ?」
 と、井戸のなかの女が変なことを言った。
 「母さん」
 と、ぼくは心のなかで叫んだ。
 「わたしの坊や? 母さんのマンジュウ君? それともツバメの赤ちゃん? いいえいいえ、わたしはおまえの母さんなんかじゃないよ。ビニール袋の中身もなんにも知らないんだから」
 と、女は母として動揺した。
 「いいんだよ母さん、もういいんだ。ありがとう。ぼくね、父さんの居場所を知ってるよ」
 「え! どこなんだい」
 「そこだよ、すぐそこにある円い土饅頭の下にある部屋で静かに眠ってる」
 と、ぼくが言うと、女は狂ったように暴れだした。
 「うををうっ、殺しもしようぞ業平殿。でてまいれ卑怯者」
 と、怒鳴った。
 「よしなよ、母さん。父さんは冷え冷えとした襤褸襤褸の白い肌のまま、寒いところで静かに居眠りながら母さんの夢を見ていらっしゃるのだから、母さん、忘れてよ。〈忘れること〉しかないんだよ、〈忘れること〉によって根深いものが無くなり、母さん自身が楽になれるんだから」
「ええいっ、わかるもんか、あの女たらしめ」
 と、言いながら井戸の外へ出ようと母はもがいた。が、仮面を落としてしまって目も鼻も口も耳もなくなりぐるぐると同じ場所を盲滅法に暴れながら旋回するにしたがって、A-6神経系のネガティブな感情が徐々に母を支配するようになっていった。そのたびごとに、ぼくはなんどとなく井戸の壁におもいきりたたきつけられてしまった。亀鏡へ張りめぐらしていたA-10神経系のシールドは直弧文のようにヒビ割れ、全身赤むっくれになってしまって互いの感情がもつれてなにも話せなくなってしまった。
 ねがわくば、最後の力をふりしぼってポジティブな神経系統を再度張りめぐらしながら、母が絶対に追いつくことのできない母の母、つまり、ぼくの祖母がいつも唱えていた『光年心経』を三度唱えてみた。


2006・07・18(TUE)
 ぼくは知っているんだ、銀貨のウラとオモテのような人生を。オモテがあれば欲の皮がつっぱりすぎて嘘ばかり、ウラがあれば卑俗になって上っ面ばかりが利口になってしまってぎりぎりした隙のない人生を送らなくてはならない人を。だが、銀貨にはツワイライトなエッジもあって、昼でもなく夜でもない、なんの役にもたちそうもない空っぽの世界があって、とてもミゼラブルではあるけれど、世界はウラとオモテのあいだにあって、天と地のあいだにあって、父と母のあいだにあって、陽と陰が融けあう場所がわずかにあるんだ。ぼくはその領域が好きなんだ。だってぼくたちは天と地のあいだに生れ、そしてそこに生きている。薄らぼんやりとした粗末な世界ではあっても、無花果の汁ように白い母の血を飲んで生きてきた。だから家族との再会をいまもこの地で思慕してはいるけれど、道に迷ってしまった父は遠く、母は気狂い、ぼくは脱魂の癖がある天ノ邪鬼な愚者だから気の利いたことが何んにも言えずに、〈家族〉と言う小さな宇宙を回復させることができないでいた。

 リーン……… ………
 リーン……… ………


 どうしょうもない地上に置いてある粗末な能作物の『井筒』の井戸で、有るか無しかのツワイライトなゾーンに浸りながら、父らしき人や母らしき人にいま会っている。母を捨てた父らしき人は石の寝台の上で静かに眠ったままだし、母らしき人は父を見つけられずに彷徨いながら、捨てた子も分からずに死ねないでいる。
 ぼくには〈父〉も〈母〉も最初からいなくって、天と地が混ざりあったからここにいる。だからウラもオモテも無いのっぺらぼうで、「君は誰の子なんだ」と訊かれたら、「ここにいる」としか応えられず、「太古の滴」であって「星の滴」であり、「海の滴」であるとしか応えられないぼくがいる。だからいつまでたっても身体はぐにゃぐにゃとしていて、未成熟なゼラチン状の甲羅をつけた「筋怪人」のような醜い生きものであることを知っている。だけど、ときに不思議な虹色を身にまとう弾力性も秘めていて、真珠のような輝きを放つ微小生物であることをうすうす承知している愚者なんだ。たが、脱魂する愚者であると言うことを父さんも母さんもよく知らなかったんだ、だからぼくは捨てられた。それとも………、知っていからこそ捨てられたのだろうか。まあいいや、いずれにしたってむごいことをする人たちだけど、これは地上的なことだから許してあげよう。
 巣立ってしまえば子鴉は親を親とも知らずに殺すだろか。親鴉は子鴉をわが子とも知らずに殺すだろか。殺すだろうな。殺されてもしかたがないな。だからなにもかも忘れてしまおう。不満も怨みも憎しみも、みんなみんな忘れるんだ。忘れると言うことは、ありのままを愛してあげて呑み込んでしまうことなんだから。


2006・07・17(MON)
 ぼくは思わずくしゃみをした。すると割れた小面が平仮名の〈り〉文字のようにずれて、なかから間のぬけた「筋怪人」の甲羅が顏を出した。
 平安時代と言う遠いところからやって来た母さんは、星の光に濡れて立っていた。ぼくのことなんか忘れてしまっているけれど、見残した女の夢をいまもさがし求めつつ、のっぺらとした執着にとまどいながら『井筒』の女としてそこにいた。
 母さんに父さんの鋳型からぬき取ったこの顏を見せてあげたいと思っても、ぶよぶよになってしまった未成熟な甲羅は仮面を無くした母の顏と似ているばかりでなんの役にもたたなかった。父と子と母のトライアングルは万有引力のように引きあってはいたが、この家族はもう取り返しがつかないほどひずんでいて、ついに一言も発せずにいた。
 「ヒャーッ」と、蛇使いが吹く笛のような音色を能管が流していった。
 ヨォー「ぽん」イヨォ〜「かん」ヨォ〜「ぽん」イヨォ〜ウロロロロ「かん・かん」「ぽん」と、大鼓のギャロップがはじまった。


2006・07・16(SUN)
 「カアサンのボウヤ………そうね、母さんの卍君。ああ、ごめんなさい。あの時、あなたを守ってあげれなくて、母さんがおでかけしているときにね、大きな力がギュッギュッとあなたを握り絞めて、おまえは捨てられてしまったの」
 「ビニール袋の中に詰め込まれたツバメの赤ちゃんみたいにだよね、かすかにぼくは泣きながら」
 と、忘れていたはずのことをぼくは思い出した。
 「そう、裏山へ」
 と、女が言った。
 「川じゃなかったの?」
 「さあ、どっちだったろうかね。山姫さまにか橋姫さまにか………お前は拾われて」


2006・07・15(SAT)
 「ぼくですよ。卍です。阿保万慈です!」
 「アボのマンジ? 平城天皇の皇子であられた在原の………業平様かへ」
 「そうだと言えばそうでもあるし、違うと言えば違うんだ。卍ですよ!」
 「ええい、どっちなんだい、じれったいね。いつだったかもこのような話を誰かとした覚えがあるが、おまえはいったい誰なんだい? わたしの顏を返しておくれ」
 と、女は言った。
 「ほら、ぼくですよ。ぼくの顏、母さんに似ているでしょう。あなたはぼくの母さんだよね」
 と、三日月のように割れてしまった二つの小面を甲羅へつけたまま甘えてみた。
 「カアサン………? ボク………? ボクは、マンジ………?」
 女はあたりを捜すようにして口ごもった。
 「そうです、卍です。母さんの卍です」


2006・07・14(FRI)
 四十七個………四十八個………四十九個と一定の間隔をおいて芒の穂を結んだ小石が井戸の底へ落ちてくる。ぼくの感覚はすでに麻痺しかかっていて眠りかけていたが、あのストーカー、あれでなかなか律義な伊賀ののろんじであって、ぼくが眠らないよう目覚まし時計を掛けていてくれたのだった。ところが、そのうちの一つが隕石のような速さで落ちてきた。芒の穂が途中でほどけたのだろか、穂のついていない石であった。「いやだな!」と思ったがときすでに遅く、後シテがつけていた小面の眉間に石は見事に命中してまっぷたつに割れてしまった。あらわになった顏は能役者のそれではなく、男とも女とも見当がつかないぶよぶよしたのっぺらぼうであった。鼻もなければ目もなくて、口もなければ耳もない姿は未成熟な甲羅を背負うたままじっと冷たい水底のゾーンで母を待ちかまえていた自分そっくりで、不意に恥ずかしくなり、A-10神経系をなんとか駆使しながら二つに割れてぷかぷかと浮いている小面を拾い、それを亀鏡の甲羅へと張りつけてしまった。 
 するとA-10神経系の感覚体が仮面をなくしたのっぺらぼうの感覚体と思わずシンクロしはじめ、その人の感情が動いた。
 「誰だい?」


2006・07・13(THU)
 母のことで神経を極端に細くしたせいか、突然、能楽堂の前にある白山通りを自転車に乗った若者が「号外! 号外!『Hホテル』の残虐行為」と叫びながら通り過ぎていこうとしている姿がA 10神経系に触れた。井戸のなかの女が気にはなったが、歩道に落ちていた号外の活字がほとんど暴力的なまでにその感覚体へ引掛ってシンクロしはじめた。
 見出しには、「巣の残骸といっしょにビニール袋の中に詰め込まれたツバメの子たち」と、書いてあった。本文はこうである。
 箱根の大自然の中に建つ有名ホテルが、子育て中のツバメの巣を撤去。生きているツバメのヒナごと、ゴミ同然に捨てられたというひどい事件です。
 このホテルには毎年、岩ツバメが飛来し巣を作っていて、何羽ものツバメが飛び交う姿が、部屋の中からも間近に見えていました。しかし先日の六月三〇日、まだヒナがいるというのに、巣をすべて撤去してしまった。ホテル従業員に聞くところによれば、本社から壁に看板を取り付けるように言われたことと、糞が頭に落ちたお客から苦情が来たからという。気づいた時にはすべて撤去され、ヒナの所在もわからない。七月三日、実際の作業をした工務店の方に伺うと、巣にいたヒナは四〇羽ほどで、その工務店が所有する資材置き場の裏山に放したとのこと。撤去から三日間経っていましたが、裏山に私たちはまだ生きているヒナがいるのではと思い、その現場に向かった。ところが、裏山を探してもその形跡はなかった。私たちはその時、事務所の入口の草むらの中から、かすかな小鳥の鳴き声を聞きました。しかし、草むらを探しても見つからない。その時、草むらに無造作に置かれた十個以上の大きな土嚢袋に目が止まった。「まさか‥‥!」あまりにも大胆に置かれていたために、見逃していたその土嚢袋を見た瞬間、背筋がゾっとした。そして、中からは、巣に使われていた土と死骸とともに、まだ息があるヒナが続々と出てきた。そのむごい光景に、私たちは言葉もありませんでした。私たちが命を救うことができたのは、二十一羽。そのうち三羽は、まだ産毛で、目も開きかけという、生まれたての赤ちゃんでした。
 七月四日にホテルを訪れたところ、ヒナを失った親鳥らしきツバメが、百羽ちかく、かつて巣があった壁の上空を旋回していました。今もきっと、自分の子を探し、空を舞い続けているに違いありません。これはひどい事件である。

 と、なっていた。この文面にホテルの名前は書いていないが、それはだれが見ても箱根宮ノ下にある某有名な『Fホテル』のチェーン店『Hホテル』のことであった。
 なんとも不愉快な一瞬! 無慈悲で愚かな人間の大きな掌が、手も足もだすことのできないツバメの可愛い雛をギュッと絞殺して、糞が落ちると汚いとか銭のためならば自然界の美しい仕組みを踏みにじっても一向にかまわないと言う馬鹿げた毒気に当てられてしまった。そのこともあってか、母であるかも知れないX+-型の女に抱きしめられたと言う懐かしさがアンビバレンスな愛憎となって井戸の水を逆巻かせた。ゾーンの心臓部から波立ってくる水がふたたび子宮壁のひだのように水面を震わせて、紀乃有常の娘と言う女の腹を震撼させた。

2006・07・12(WED)
 父が好きになった女性にはみな水掻きのような皮膜が指と指の間についていて、血液型はどの女もX+-型であった。父がO型で、ぼくはX+-O型であるからどの人もみな母になりうる可能性はあった。しかし、顔立ちは父の鋳型からそのままぬき取ったような相似形をなしていたので、残念ながら、どの女と見くらべても少しもあてにはならなかった。であるから、凸凹とした亀鏡に姿を変えているぼくをいままで胸に抱きしめながら頬づりしたり撫でたりしていたこの女から、ぼくと同じ面影を読み取ろうとしても困難であった。


2006・07・11(THU)
 紀乃有常の娘と言う業平の女房は、はたしてぼくが捜していた本当の母であろうか。それとも高安の里の女が母だろうか。あるいは清月樓の女だろうか。それとも、水牡丹の女だろうか。松本千賀勇と言う女だろうか。高桑千代子と言う女だろうか。はた、小額田三千子か………?


2006・07・10(MON)
 風が吹き、雲がちぎれる。ちぎれた雲は死んでゆき、新たな雲がまた誕生する。
 ぼくにとっての母とは何なんだろうか? 父とはいったい何なんだろうか? 母は母であり、父は父であって、ぼくがその人たちから生まれたとして、そのことがどれほど重要なことであるのだろうか。
 父と母は地上的で、そしてぼくが生まれた。ぼくはぼくであろうとして、怒って、笑って、憎くんで、悲しみ、そして泣く。「ぼくなど生まれなければよかったのに」とか、「父や母など誰でもよかったはずだったのに」とか叫んでいる。なのに、ぼくはぼくを生んでくれた母の母のそのまた母のその母の母を、いま、こうして、能楽堂と言う〈井戸〉の底の座席の下で待ちかまえていた。
 母は母で、父を捜し求めていた。

  「お母ああさーんっ!」

 あのとき何故ぼくを抱きしめてくれなかったのだろうか。
 ぼくはぼくで、何故あのとき母の胸へ素直に飛び込んでいかなかったのだろうか。
 これらは遠い遠い夏の日の夜の出来事であった。
 墓石にかこまれた暗闇のなかで、母と姉が崩れかかった火葬場の閂をぬきながら、不吉な扉をふさいでいた花崗岩の石を不乱になって取り除こうとしている姿が、死んだ人間の思いや脂肪が幾重にも層をなしているトタン板のむこうから透いて見えていた。そして重い扉は開かれた。
 「ウワーッ!」
 と、ぼくは地獄の涯から弾丸の玉のようになって極楽へはじき飛んだ。
 母と姉が待ってくれていた場所は救いの場であったはずだったのに、外は火葬場の中にいたときよりも暗く、なぜだか不均衡で朦朧としていた。息苦しい火葬場の中は悽愴として怖いには怖かったが、それも最初のうちだけであって、頭上から洩れてくる光が死人灰をキラキラと乱反射させるごとに白く輝いた光が闇を凌駕して明るかった。それにくらべ、外は腰抜けに暗かった。
 その落差に母の顏も姉の顏もぼんやりとして、二人の夏衣だけが命綱のように光っていた。だが、ぼくの手は母へも姉にも届かなかったし、母からも姉からも命の綱を投げてはよこさなかった。 
 父がまだどこか近にいてそのことを監視しているのではないかと言う恐怖心から、母も、姉も、たぶんこのような態度をとったのだろう。そのことが重い扉一枚よりも重くのしかかって、ぼくの心を一瞬にして硬くした。「母をもう殴らないで」と、ぼくは母を案じ、母はぼくを、そして父を案じていた。これがこの夏のぼくの家族だった。
 優しすぎると言うことはそれ自体がひとつの寂しさであって、母の実体は夏衣に流れた水の紋様と朝顔の花ばかりで、顏は暗闇のなかで消えかかっていた。

2006・07・07(FRI)
 
なにも大袈裟なことでなく、ぼくであっても誰であってもすでに体験していることだと思うが、小さかったころ樹霊千年の松の皮へぴったり身体をすりつけながら、雲の流れをじっと見つめつづけていたことがあった。すると、自分の存在がだんだん希薄になっていってバタリと倒れることがあった。郵便ポストや電信柱、道しるべの石柱やお地蔵さんでもなんでもよかったが、自分がもしかして倒れてしまうということを考えると、やはり松林が一番よかった。それに、大好きな松風の余韻を耳の奥でリフレインさせながら白い雲を見ていると、周波数の高い松籟の波紋が心の底へ広がっていって、自分はなぜいまこの世界にいるのだろうか。とか、なぜ生まれてきたのだろうか。とか、父や母はぼくのことを本当に知っているのだろうか。とか、父や母が知らないぼくをぼくはどこまで知っているのだろうか。とか、本当は鴉なのではないのだろうか。とか、いま空を飛んでいる鴉はどこからやってきたのだろう、あれは親鴉なのか子鴉なのか。とか、巣立ってしまえば子鴉は親を親とも知らずに殺すだろか。とか、親鴉は子鴉をわが子とも知らずに殺すだろか。殺すだろうな。殺されてもしかたがないな。それだから鴉はあんなにも一生懸命に飛んでいるんだ! 鴉って素敵だな。鳶も野兎も蟻地獄も、さっき山の入口の溝で死んでいた狸も、その狸の肛門から口へぬけていった虻もみんなどれも素敵だな。と、そんなことばかりよく考えていた。


2006・07・05(WED)
 
どれくらいの時間がたったであろうか、心配して駆けつけた母と姉によってぼくは救助されたが、母や姉が泣いていたのか笑っていたのか、あるいは怒っていたのか、それらを思いだすことができないでいる。ただなんとなく覚えていることは、母が着ていた白い夏衣のあちこちに咲いていたうすむらさきや水色の朝顔、そして、その花々をとり巻く水の紋様ぐらいしか記憶には残っていない。まして、父のことなどなにも覚えてはいない。と、言うより、眼球の奥や心の奥の襞深きところへ蓄えた傷ならいくらでもあったが、あまりにもありすぎてそれを忘れた。だが、能楽堂へ来たことによってぼくはぼくの井戸と出合い、その井戸の有様を知覚し、知覚したことによって大炉壇と言う原初に感じ取った知覚を再認識してしまった。再認識したことによって九歳の夜をふたたび想起したが、それが本当に九歳の夜であったか、乳歯の抜けはじめたころであったか、三歳の夜であったか、父が宿した精子と母の卵子がはじめて接触した夜のことであったか、それとも、父の時代のことであったか、母の時代のことであったか、あるいは、姉のカルマがそうさせたかはともかくとして、某年某月某日某時某分某秒に宝生能楽堂にて『井筒』を観賞しているぼくの瞬間的連続の彼方へと繋がった、父の父のそのまた父のその父の母の母のそのまた母のその母の母へと限りなくつづく玉葱の皮のような過去と言う膨大な海の彼方へ、ぼくはぼくなりに艤装した亀鏡と言う結晶体の小舟をくりだして、精神の共同体へむかってなにがしかの同一瞬間や印を求めて浮游せざるをえなかった。このことはまるで、ひとりぼっちで仰ぎ見た夏の夜の青い包容の彼方にぽつんと浮かんだ宇宙ステーションから月をめざして遊泳しはじめた宇宙飛行士のように脆くて儚く、危険なものであったが………、そのこと自体は鏡映幻覚であるのかも知れないが………、過去を再認識しながら見えないものを見ようとするさすらいの旅は、ぼくがぼくであろうとするためにぼくが獲得しておかなければならない愛の光年への基盤であり、儀式でもあった。


2006・07・04(TUH)
 
真っ暗闇な小屋のなかには防火のためのブリキ板が貼ってあって、焼かれた人間の脂肪がその板一面にびっしりこびりついていた。手で触ってみると塗ったばかりのコールタールのように黒々と粘っていて、毛糸玉が焦げたようなイガイガとした匂いにむせていた。死人を焼いたあとの小屋にはカビやバクテリアや蛇やムカデ、幽霊がたくさん棲んでいそうで気掛かりでならなかったが、そんなおぞましい修羅の世界にも光はあった。屋根に直接つき刺さった土管のエントツから夏の銀河がさし込んでいて、縦長く掘られたタタミ一畳ほどの大炉壇のなかの灰が白金のように輝いていた。むろん、死んだ人間の灰である。人体の有機成分はそのほとんどがガスや煙になって空へ消えてゆくが、リンやカルシュウムでできた無機物だけが不燃物となって残ってしまう。そのリンやカリウムやマグネシュウムが月や星々の光を誠実に反射させて、じつに美しく、ゆるぐことなく発光していた。


2006・07・03(MON)
 ブーン、ブーン、ブーン、ソクソクソク………
 ブーン、ブーン、ブーン、ソクソクソク………

ーーーー (苔が生えた石の寝台の上で、古代の冠を被りながら静かに眠っている男の姿がふたたび見えた。が、またもすぐに消えた)
 あげくびにとんぼがしらのついた縫腋袍と言う束帯姿で、腰にぴかぴかと光った玩具のような格好をした魚をぶらさげていたが、それがなんであるか分からないうちに消えてしまった。
 ぼくがブーンとしか言わないですねていると、女は堪えがたき心情を見せはじめた。
 「貴方様に便りをすれば、とても煩わしそうにいやだと言う。しなければしないで恨みごとを言うのだから、これではどうしたらよいのでしょうか。わたしはもう思い悩んで死んでしまいそうだ」
 と、思いあまったかのように語った。 

 「母さん、ぼく、さむいよ。母さんもさむいんでしょう」

 だが、女は業平のことしか頭になさそうで気もそぞろだった。A-10神経系の感覚体を使っても結局はこの女へぼくの本心をなにも伝えることができないでいる。業平の気持ちを少々たばかっては見たものの、これとてどこまで伝わっているのかは定かではない。
 そう言えば、石の寝台の上で静かに眠っていた男も寒そうであった。あれは、もしや、父であろうか? もしそうであるならば、この女は父が残していった装束の一部をいまもこうして女の肌へと同化させ、夜な夜な父の墓へ現われてはその姿を井戸の水面へ映して昔見た夢のしぐれや生温かい匂いをかぎつつ、過ぎた日をくどくどしく懐かしんでいるのであろうか。
 過去とは、知覚して再認識することである。
 ぼくは能楽堂に設えてあった『井筒』と言う能作物の井戸を知覚し、父と母のことを再認識した。再認識することによって〈見たことがあった〉ものをその井戸のなかに見てしまった。ぼくが九歳だったころ、夜の火葬場にたった一人で閉じこめられたことがあった。火葬場と言っても現代のような斎場にある立派なものではなく、野と山の極に建てられていて、菱の実のように傾いた三昧堂という焼場のなかへ父に放り込まれたのだった。天ノ邪鬼でいたずらばかりしていたので直接の原因がなんであったか現在もさだかではないが、そのころ、道楽仕事とは言え、父が丹精こめて鉢上げした一本仕立ての菊頭を細い針金の台座とともに、何鉢もことごとくちぎり落としてしまったことがあった。たぶんそのことが騒動のもとであったろうが、そうせざるをえないぼくの性癖と、そうさせざるをえない父の性癖とがぶつかって、カルマと呼ばれる〈業〉の種子がこのとき二人に芽吹いただけのことであった。


2006・07・02(SUN)
 「今宵も貴方は高安の里に住んでいらっしゃる女のところか、清月樓、水牡丹の女のもとへお遊びにお越しになるのでしょうか?」
 と、おだやかなか口調ではあったがかなり憂鬱なトーンを秘めながら、恨めしそうな目つきで母が亀鏡をのぞき込みながら訊ねた。
 そう言えば父さんはよくぼくを連れて高安の里にいた女の家や、清月樓にあった奥の奥の部屋の女、あるいは、水牡丹を活けていた女の家へ用があるのかないのか分からない風情で泊まっていた。どの女の人も優しくて、みな母のようであった。
 ぼくには悪夢があって、それは世間の慈悲と偽善とのはざまを羞じらうにつけ、純粋願望のような絶対的安住の地をたえず夢見ながら追い求めつづけていなければ自己の存在が希薄になってゆく不安定で脆弱な性癖とともに、自分は橋の下で見つけられた捨子であって、見つけられるまでは橋姫の片眼をしゃぶりながら冷々とした針のような血潮に抱かれて育っていたと言う叛逆で冷笑な性癖をあわせ持っていた。この弱腰と非情の車輪がたえず逆回転しながら、磨ガラスを引っ掻いたような音とともに煙硝臭い摩擦を日々の日常と言うゼクンドウス・ミヌティウス・ホラの一瞬の隙間のなかで、未来永劫くり返しくり返し見ていなければならないと言うおぞましい夢であった。
 「幸福かい?」
 母だとは思うが、そうでないかも知れない女が訊ねた。
 ぼくは壊れかかった変圧器のように黙ったままブーンとだけ返事をしておいた。
 「頼りがいのない人だね、業平様は」
 と、故障した電気製品を刺激するかようにぽんぽんと叩きながら、亀鏡へ映っている姿が自分であるとも知らず、それをなじった。


2006・07・01(SAT)
 「いやいや、そのようなことはけっしてないのだ。西洋の伊達男風に言えばファム・ファタル、宿命の女性を求めさがして女人の心へ清しく住もうとするのだが、結局そのような処はどこにもなくて、男はだれでもが電信柱の影の後へ佇んで、その前を通り過ぎてゆく新しい女にふとまた夢を重ねてしまう可哀相な生きものなのだ」
 などと、まるで業平殿をかばうがごとくにあたふたと埒もないことを口走ってしまった。
 「勝手なことばかりを言って、よくもぬけぬけとそのような言葉を妻であるわたしにむかっておっしゃれることだ」
 と、握りしめていた亀鏡をぶるぶるとこきざみに波うたせながら、水に濡れてしまった豊かな黒髪をおどろなびかせながらこちらを睨んだ。
 「まいったな、男は女の前ではみな可愛い赤ん坊なのだよ、分かってもらえるだろうか、どの星々を訊ねてみたところで、たぶん、そのように優しい女はどこにもいないだろうが………寂しいな」
 と、ぼくは母への思慕をうかつにも洩らしてしまった。
 「バカみたい、じゃ女はなんなのかしら? 男が好き勝手なことをして寂しいのであれば、女はもっともっと醜く寂しい世界をたった一人で泳いでいるのを貴方がた殿方は、なに一つとしてお気づきではないのでしょう」
 と、言って、母であるだろう女が細くて青白い指をさしだしながらパッと開いて見せた。奇麗な指と指のあいだには透けた皮膜状の水掻きがついていた。
 「ああ、やっぱりこの人は母さんなんだ。ぼくの手や足の指にもこれとおなじ薄いセイレーンの皮膜がついていて、これは、たぶん、ぼくたちが近縁であると言う印なのだ」
 そう思って手足の指をパタパタ開いて母さんに見せようとしたが、腕も脚もなかったことに気がついた。