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『 源 氏 物 語 』
     宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから
        +
   海 の あ ら ご と

    REQUIEM_ Lucky Dragon No.5


    この痛みは、わたしたちに二人のことを思い出させてくれるはずです。この
    痛みをたよりに、のちのち、もし後日というものがあるならば、わたしたち
    が再会するときに、お互いを識別することになるでしょう。

               -----------クリスタ・ヴォルフ『カッサンドラ』より





     ごあいさつ

出口のわからないコロナ禍にあって、二度目の秋(2021年)を迎えたころ、『源氏物語』を読んでみた。読んだといっても流し読みであったが、続篇と呼ばれる「宇治十帖」はとても興味深かく、浮舟という女性の〈沈黙〉が気がかりとなった。以来、浮舟のことばかりを考えるようになった。

交通の便がよくなった現代、わずか数ヶ月間でコロナ菌は世界中に蔓延していったが、三度目の春(2022年)、ロシアがウクライナに軍事侵略をしはじめてより、世界はまたもその渦のなかへと巻き込まれていった。ところがその後、ロシア軍はウクライナの核施設を攻撃し占領してしまった。これは大きな衝撃であって、この戦争がどのような結末に直面してゆくかは誰にもわからない。そのような現状にあって、平安時代末期から乱世へとはじまる中世のとばくちに佇んだ一人の女性・浮舟の沈黙が… 柔らかなものであったのか、それとも硬く冷たいものであったのか、それが知りたくて、彼女の「それから」を追いかけてみたくなったのであった。無論ここでいう〈沈黙〉とは、浮舟のものではあっても、誰にでも起こりうる普遍的な情動として捉えている。

いまさらながら「生きる」を考えてみた。

生きるとは鳥であれ獣であれ"生業"ではないだろうか。その生業がコロナ禍以降、デジタル産業が悪ノリしはじめている。仮想空間ばかりが商業空間ではなかろうに、危うい状況へとエスカレートしている。この変容は、ビキニ環礁での核実験による被災に遭遇した第五福竜丸の乗組員たちの前途とあまりにも類いしてはいないだろうか。被爆したことによって、平安であった営みは日常を超脱してしまい、不透明な物事へと反転していったであろうことは察するにあまりあるからだ。

過剰なデジタルや核から生まれるものがもし、欺瞞であれば、営みとはなんであろうか。流されていく人間とは、自分とは、一体何んであろうか。「だからボクは絵や詩をかくんだ…」と。つたない私のいのちは私の希望であって、夢であり、「わたしたちのいのち」と複数になれば尚も豊かな労働となってゆくであろうに…

その誘因となる浮舟の〈沈黙〉はぐるっと回って我々に覆い被り、またもぐるっと回って彼女の背中をやっぱり押して、また来た道をぐるっと回ってやっぱり我々の背中をグイグイと押してくる。乱暴ではあろうが、私はこのグイグイの正体を歌舞伎でいうところの「荒事(あらごと)」という意に負うところが好きであった。

「荒事の扮装には隈取りがあって、役者が自分の隈を取るときには顔の骨格や肉の凸凹を指でなぞり、血管を血が流れる如くに取ってゆくのです。隈が人間の血管の誇張をあらわしているというのは、ここからきているわけです」と、演劇評論家の津田 類氏が唱える魔法に私は以前からからめ捕られていたことを忘れていた。そのことを、今、思いだす。

この血管の誇張! そのパワーに引きずられながら生き生きと仕事ができたら。すなわち、希望であり、夢であろう。  ----------- 佐藤三千彦 2022_9_23

                          






                   *  *  *

       
       第五福竜丸のエンジン 形式T6EK型 ディーゼル機関No.7543








          ・・・・『 海 の あ ら ご と 』へようこそ 』・・・・



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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 011
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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poem_朝
Icon_だいせんじがけだらなよさ(さよならだけが人生だ) 
Acrylic gouache_ 422×348mm 2022



   『 朝 』

ひそやかな二人だけの儀式は
あっという間に過ぎ去っていったこの村に
朝が来た

雨降りではなかったので
うすももいろのパラソルをさし
あのひとが買ってくれた草履をはいて
海辺の崖道をのぼっていった
はれやかな 朝の さびしさよ

白い碍子のならぶ電信柱の電線が
安いバイオリンのような音を奏でていた

doh_doh_doh_doh_doh_sko_doh_dohh
fua_mi_re_do_so_ra_shi_dohh・・・

この丘の上にいてさえも
人々が見送る叫び声に
あのひとの名前がひびいて聞こえた
掛け渡す五色の糸の紙テープも
声もない今のわたしには
ただ両の手を合わせ
 「ご無事に」とだけ
  祈った
  ・
  ・
  ・

すると そのとき
人々のなりわいを一身に背負うた男どもが乗った
一艘の船が沖にむかって翔ていった

Lucky Dragon No.5… R E Q U I E M

最新型のエンジンではあったが
いまでは安いバイオリンのような音を奏でつゝ
はえ縄の仕掛けを 碧いろのガラス玉を
朝の勢いと 寂しさを とどめつゝ 
うんとこどっさと積み込んで
きれいなこゝろの大漁船が
  希望へ 
   希望へと
おもいっきり翔ていった 
いまだ朝のくらがりのなかを






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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 010
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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poem_ 夏の宿題
Icon_ カリプソは初恋の味
Acrylic gouache_ 340×250mm 2018




    『夏の宿題』

ギリシヤ神話に登場する光の青年アポロンに似た宇治十帖の匂宮。その匂宮にそっくりな庄屋さんちのガキ大将の源氏螢虫太郎はあさましく。あるいは、太郎の母親が港町の顔役とひそかに通じあって孕んだ平家螢虫次郎はねじくれて、これまた宇治十帖の薫のようだ。二人は太陽と月、まるで違う異父兄弟であった。

鏡に映った愛すべき少年たちは、右の手は左、左の手は右であり、悪い奴ほど手は白かった。

彼らはたえずほんとうの兄弟であろうとして、太郎の家の築山の奥にあったひんやりした青い竹薮の中の大きな石の上で、ことあるごとにチンコ合わせをした。ちびた鉛筆のようなチンコの尖端が触れるたび、軽金属の針にも似たジュラルミンの翼を背筋に感じて、クラクラと、二人は溶けていった。けれどもあさましく、あるいは小賢しい太郎と次郎であったから、そのたびごとに憎しみあって、白い右手の左手で、ジュラルミンの守護天使たちを互いの手刀でもって殺害した。

虚しくも、擬死する欺瞞の腹いせに、太郎は次郎に隠れ、次郎は太郎に隠れて、浮舟という名の姫螢を誘った。けれども、下腹部への教育はいまだ知らず、太郎は松葉の二角形で浮舟を犯し、次郎は真珠色の貝殻でもって少女・浮舟の部位を汚した。

よく学び、よく遊べ! 

これが夏休みの、ぼくときみとの自由研究『げんじものがたり」古典読破法であって、実践とお勉強とを編み込んだ、まことに厄介な夏の宿題をまずは簡単にすませるよき方法論であった。






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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 009
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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poem_ 石を積む
Icon_ REQUIEM_ Lucky Dragon No.5
Acrylic gouache_545×424mm 2022




  『石を積む』

太郎には
匂宮の血の一滴が流れ
匂宮には
あぽろんの血の一滴が
流れていた

次郎には
薫の血の一滴が流れ
薫には
あいねいあすの血の一滴が
流れていた

流れ 流れて

花子には
浮舟の血の一滴が流れ
浮舟には
かっさんどらの血の一滴が
流れていた

世界はまぁーるく繋がっていて
黒い 白い 黄色い肌も
みんな兄弟姉妹です
森羅万象 
生きとし生けるものすべて

血は流れ 流れ

取り返しのつかない時代も
対立の果てのあきらめも
罠にかかった憎しみの世も
失ってはふたたび生ける血の一滴が
またよろこびの石を積む



[ 蛇足 ]
アポロン=カッサンドラの美貌に魅せられた彼は、"予言力"を与えるという餌で彼女を愛撫しようとしたが拒否される。与えた予言力を取り消すことができない代わりに、たとえ"真実の予言"であっても誰も信じないようにした。

アイネイアス=トロイア王国の英雄でトロイア随一の強者ヘクトルにつぐものであったが、トロイア陥落前夜、死をまぬがれるために脱出する。後、ローマ建国の祖となる。カッサンドラの恋人でもあった。

カッサンドラ=トロイアの王女。アポロンの欲望を拒絶したため、彼女の予言力をだれも信じなかった。有名なものには、十年戦争の果て、トロイアに災いをもたらす木馬を城内へ入れることに反対するも、だれもそれを聞かなかった。ゆえに王国は一夜にして滅亡する。

匂宮&薫&浮舟=『源氏物語/宇治十帖』の登場人物。






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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 008
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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                            第五福竜丸 右舷船腹
      

                   死の灰
     
                    
                  ガイガーカウンター


第五福竜丸(Lucky Dragon No.5)
        第五福竜丸のエンジン
                       
                       第五福竜丸展示館

                       東京都 江東区 夢の島3−2
                       電話 03−3521−8494 



   『 ガイガーカウンター 』

くそったれなこの時代は
どこかしら
宇治十帖『うきふね』のころと瓜二つ
だって嘘つきがうじゃうじゃいるじゃないか
嘘はドロボーのはじまり
とっくにボロがぶら下がって
衣づれ 股づれ
うるさくてしょうがない
それでもまだ私腹を肥やそうとする偉いさんばっかで
戦争の一つや二つおっぱじまるのは当たりまえ
そんな真っただ中にあって
平安な時代はもうとっくに幕引きされているけれど
心地よい気分がぬけない平成の茹でカエルたちは
妙に冷静を装いながらのんきなものだ

「リンダ困っちゃう〜ふふッ!」

口をつぐんだ『うきふね』はもの言わず
目に"見えない"ものを紡ぎだす
彼女の乾ききった沈黙は
にんげんが一つお利口になるための
花と流れる涅槃への近道 花筏
可視化への
ガイガーカウンター…… のようなものだな

     *

一九五四年三月一日
アメリカの水爆実験によってビキニ環礁で被爆した
第五福竜丸の左舷船腹を撫ぜながら
僕はゆっくりといま歩いている

ブラボー爆弾!

ふざけた名前の水爆実験によって
「死の灰」をあびた船は
なにも第五福竜丸だけではない
第十三光栄丸を含み 
ざっと八五六隻もの漁船が被災している
ああ 放射能って 見えないよね
見えないから我々は安心して
水や空気を 食べ物を
口へ入れて今日もまた笑う
骨も崩れだしそうに笑っていて

力ないものは いつの時代もさびしいや





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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 007
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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poem_ Lucky (福竜) Dragon
Icon_ お化けキノコとハートのレスキュー
Acrylic gouache_ 422×348mm 2022




   『Lucky -福竜- Dragon』

彼が描く線をみていると「梅の枝のようだ」と誰かがいった
かの画家とは 粟津潔さんのことで ぼくはその人の描く絵から
リトアニア人の画家ベン・シャーンを知った

ベン・シャーンは十五歳で石版画の徒弟となり
ジグザグと 工房で石を削り 石を彫り 石を刻んだ
ノミと木槌で 梅の枝のようにジグザグと生きて

シャーンの絵からぼくはあまり影響を受けていないが
彼の絵が好きで 彼の生きざまが大好きだから
石のように重い 分厚い 大きな画集を開いては 齧った

柳生石舟斎が一刀のもとに斬りわけた芍薬の枝の切り口を
武蔵が「うーむ」と唸りながら眺めたがごとく
非凡なシャーンの線や色をぼくも「うーむ」と飽きずに眺めた

あるいは 本箱にもう一冊 
シャーンの『ここが家だ』という本がある
「ベン・シャーンの第五福竜丸」むしろ副題が眼目だ!

(この物語が忘れられるのをじっと待っている人たちがいる)

あっは 蜜をすゝる闇の紳士族であろう・・・
いま 醒めた感化が 遠く 近くで 爆発をする
シャーンが描く"Lucky Dragon" きのこ雲





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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 006
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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poem_舟と舟のあいだを漂ふ舟
con_イーハトーブ(ihatov)
Adobe Photoshop + Illustrator_



   『舟と舟のあいだを漂ふ舟』

平安の末期って ちょうど平成の後期!
中世の入口は 令和の時代 いまごろでしょうか?

そんな中世の 乱世の 令和という崖の道を
よろよろ歩く弱法師が 見晴台から海を臨んだ
弱法師は盲目だからなにも見えなかったが
世の中はすっかりと・・・ つまり
・・・世の中って 人工的な全世界のことであるが
いつのまにか狭くなって 息苦しく 隙なく
一つのちいさな村社会になり下がったな と
見えない目をこすって 嘆いた

臨めば 海には軍艦が浮かんでいて
軍艦と軍艦のあいだには千変万化な小舟がプカプカと
なんにも知らずに浮いていた

弱法師はこの崖っぷちを登ってくるまえに 
面白いものを見たような気がする
それは一本の樹木に二匹の蝉がいて 一匹は
はち切れんばかりの体格で 
じっとしていて いまにも羽化しそうであった

もう一匹は発育不足で 前翅も後翅もカールして 
どの翅も未発達のまま変形している
なんの因果でこうなっちゃたんだろうか と
這って飛べないでいる蝉に 末期の水と思い 
水筒のなかの水をあびせてやった

そんなふうにしてから 
樹木の隙間からひろい海が臨める石の上で弁当を喰った
そして しばらく眠った

さて 二匹の蝉はどうしているだろうか と
もう一度もどってみると 
エリート顔した羽化寸前の蝉はもういなかった
はは〜ん 泥棒はさっきまでウロウロしていた鴉だな

ところで 因果な蝉はどうだろうかと思えば 
そのままの格好でジッとしていた

 (美しいものから狩られてゆくんだ)

こんなに暑い夏の日の午後 明日まではもたないだろうが
因果な蝉は今 ひろい青空を眺め すずしい風にふるえている
生まれついての資質はまったく違うけど
蝉と蝉のあいだで漂っている蝉たち! 
どれもがみんなそれぞれの〈いのち〉です

そうそう あれはいつだったろうか
今日のこの日は
水爆という爆弾を爆発させた日によく似ていると思った

ドドドーン ドン!と 平家の舟の太鼓が鳴った
ドドドーン ドン!と 源氏の舟の太鼓が鳴った

軍艦と軍艦のあいだには千変万化な小舟がプカプカと
なんにも知らずに浮いていた



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*Illustrationは:東日本大震災における、原発反対の為のポスター『イーハトーブ/らなよさつぱんげ=げんぱつさよなら!』です。






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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 005
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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Ipoem_美しい星の海へ還る女
Icon_のすたるじあ(nostalgia)
Acrylic gouache_600×250mm 1993



   『美しい星の海へ還る女』

わたしが育った伊勢の海には
人魚によく似た海女がいる

海女はほかにも
伊豆や房総の海におりますが
黒潮匂う表ばかりではありません
しぶき飛びかう海という海
裏の日本海にも海女はいて
むしろそちらが本家といえば本家でしょうか
異国の島から流れてきては
にっぽんの 対馬や下関
舳倉の島へと辿り着いた女たち

息を吐き 息をこらし 
海へ潜って稼ぎます

あれは 小学四年生だったころ
外海からはだいぶ離れたわたしの町へ
志摩市から
海女の娘さんが嫁いできたことがあった
けれども大人たちがそんなふうに噂するだけで
娘さんの顔や姿は一度たりとも見なかった
子どもであっても見なきゃ見ないで
陸へ上がった人魚の行方が気がかりでしょうがない
しょうがないしょうがないは 恋ごころ

ひごとあさゆうのおおみけさいのくにまもり

伊勢の神事は白き心で向かうもの
海女とて白きもめんの磯襦袢
白き腰巻きつけて素潜りアワビ採り
ほらほら 月がこんなに奇麗な夜はさびしいね
うんうん どこにおじゃるかオイラの人魚
坊や! とんちゃくせずともこの町で
白いエプロンつけて手鏡におい肌

おみきおこめおしおおみずひがつおたいこぶあわびくだもの

買物かごには愛しい人との間取りの暮らし
それともやっぱり噂でしょうか

月がいよいよ煌めいて 丸い太鼓を叩くころ
だれもが女は無口となって
古生代の渚から
尾鰭がついた赤いずぼんすかぁとの皮膚を巻く
まきまき まきまき まきまき 巻いて
沈黙の 美しい星の海深くへと還ります

白はマボロシ白無垢すがたの花嫁衣装
やっぱりあれは 噂でしょうか





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                     *
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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 001
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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Ipoem_歓喜の訪れ
con_宇よく見てよく聞きよく歌う三ツ目西行(puer eternus)
Mixed media_545×424mm 2022


   『歓喜の訪れ』

昨日は橋のたもとで空也上人が口から焔を吹いて、六体のちいさな仏像を、手品師が鳩を飛ばすがごとく吐いてみせた。今日は花の下で西行法師が歌を詠っていた。明日はたぶん、河原にて一遍上人がはねよおどれよと鉢を叩き、念仏(生きとし生けるものたちへの光)にあわせながら軽々としたステップを披露するだろうに・・・ 彼らは一切を捨てて諸国をまわり、宗派をこえ、歌や踊りや念仏によって世俗のケガレをキヨメつつ、権力のおよばない場をつくろうとしていた。そのことは、あらゆる人々をみな平等に救いたいという新たなコトバと身体による記録、思想であった。
身分も秩序もうちやぶってゆく鎌倉時代の新仏教に、平安の女たちは敏感であった。ことに『源氏物語』の著者レディ・ヴァイオレットがつくりだした彼女自身の分身であろう〈浮舟〉は、酔いに酔っていた。

どこへゆけばいいの・・・と平安末期の呆けた男たちへむかい、強いられた沈黙でしか抵抗できなかった〈浮舟〉の恋。その恋は、沈黙は、デカダンスな男たちから生じる霧ふかき女たちの翳りであって、精神の崩れでもあった。あはれ、と一日千秋のおもいで夢想しつづけた歌と踊りと念仏への歓喜の訪れ! が、今日という只今の刹那に、無用の用の男たちの登場によって柔らかなものへと変化してゆく平安末期の女性の愉悦。そは、無用の用とは、濃密!・・・ 栄華と戦いにあけくれる男なんぞよりも、いつの時代にも必要とされる「からっぽな愚者(永遠の少年_プエル・エテルヌス)」たちの登場のほうが微笑ましくって、よほどよかろうにと、浮舟は思っていた。






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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 002
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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Ipoem_干涸びた沈黙
Icon_宇治川を流るゝ
Acrylic gouache_509×394mm 2022


   『干涸びた沈黙』

宇治川を流れてゆく君のほんとうの姿を
ぼくは知っているんだ
三千年前の君とすこしも変わりはしないから

ダーダネルス海峡は碧く
風が激しく耳もとで鳴っていた

雛罌粟の丘にたたずむトロイア城が陥落する前夜
君たちは木馬の陰で夢見るために話し合っていたよね
しかし突然 恋人のアイネイアスが逃げようと言い張った
身の毛もよだつ木馬の腹にたぎっている
火と血と灰の透視を君は訴えてはみたものの
逃げてゆく恋人に付いてはいけなかった

アイネイアスは部下を率いて
異国の地で英雄となるべく去っていった後 
君は 「邪悪な木馬に火を放て!」と声を嗄して叫んだが
誰ひとりとして信じるものはなく 
愚かなおしゃべり女め! と 嘲り笑われた

ぬばたまの黒髪 あるいは瞳
美しく 白い首をかたむけている君

無惨にも 獅子門の前で殺戮された
中東の姫君の〈血〉の一滴が
宇治川を流れてゆく君のからだに流るゝことを
君は君自身 干涸びたその沈黙の乾きを知るだろうか

ああ 光が消えかかっている
けれども 日々 読み返すであろう君が痛みを 

三千年前に送ってくれた君の手紙
一千年前にも送ってくれた君の手紙
どちらもおなじ筆跡の
どちらも無口なランジャの香り

おお ついに光が消えてゆく
泡沫のゴンドラに乗った姫君よ また会おうぞ
舟はゆく そして舟はゆく
光が消えた 光が消えた







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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 003
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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Ipoem_またくる春へ
Icon_冬の花骸(はなから)
Acrylic gouache_727×545mm 2016


   『またくる春へ』

トロイア戦争の勝利から凱旋した総大将アガメムノン大王は、戦利品のひとつと化していた愛妾カッサンドラについて、心やさしく王宮へ迎えるように。と、強妻へかろうじて言い放った。妻の王妃は上機嫌を装い、その夜、情夫とともに入浴中の王へ投網をかぶせ、頭上から斧を振りさげて惨殺した。その後すぐ、この地で殺害されることをとうの昔に予見していたカッサンドラは、獣が屠られるがごとくなすすべもなく殺された。亡骸はミュケナイの谷間へ棄てられたとも、海へ棄てられたとも聞くが、奴隷の命なんぞ知るものか。と、王宮に黒鳥ばたいて、冬の陽、はやばやと落ち、雪、降りしきる。

その朝、城の裏山にあった雪の原を一台の馬車が通りすぎ、黒い頭巾をかぶった男が馬車から降り、紙屑と見紛うばかりの白い花骸(はなから)を無造作に曳きずって、つめたい大地へ打ち棄てた。口を閉ざされた女預言者の喉に詰まっていた赤きしたたりは弾け、種子となり、そこに散って、ここに散って、どこへも散って、またくる春を待ちわびる。







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       宇治十帖〈浮舟〉の沈黙・・・ それから乃これから Vol : 004
                  『 海 の あ ら ご と 』        
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Ipoem_生きる
Icon_鯨船
Acrylic gouache_ 545×424mm 2022


   『生きる』

   1
傷つけあった十年戦争が終って 
祖国へ凱旋した男がいた

妻であり 王妃であった女は
獅子門の前で笑みをたたえ 男を迎えた

黄金にもまさる貝紫で染めた敷物を敷きつめ 
男をよろこばせた

けれども 女とその情夫によって 
男はその日のうち 浴槽にて惨殺される

広場には まだ 大勢の群衆がいた
つぎはわたしの番だ・・・ と 異国の少女は覚悟していた

髪が風に揺れ 風にもつれて
獅子門の石像が動いた!? と 思う刹那

濡れて光った赤い衣を着る女が広場へ現れた 
この国の王妃であった

群衆は歓喜して 殺せ! 殺せ! 
異国の娘を殺してしまえ! と 叫んだ

王妃が 女奴隷なんぞ殺すのは訳ないが 
愚かな王のため 緋の敷物を汚してしまった

おまえ 海に潜って貝紫を採っておいで
ついでに真珠も と 少女に命じた    


   2
切ない群青 悲しき泡沫
鎖の重さに耐えながら

胎に 男の遺した双子をかかえ
生きて 潜って 働いて

海に抱かれ 魚となるまで 
深く 深く 真っ逆さまに落ちていく

生かされた この命
三つの命は絶やさずに    

生きて 潜って 潜って生きる
海の 中の 少女と胎の 子どもたち


   3
声を失くし 足の萎えたひとりの少女は
三千年前 いな シルリアの深海から

いまさっきテレポートしたかのような顔のまんま
古代むらさき色をした
   血のような雫を全身したたらせ

強きものであるという崇高な口を大きく見開き
忘れさられた悲しみを あざ笑う








                     *
                     * *
                     *



宇治十帖〈浮舟〉の沈黙… 『 海 の あ ら ご と 』の「Vol : 005」は、上段へと戻ります。




                   ・  ・

雲間に輝いた”天使の梯子”!!
すぐ消えていく、一瞬のできごと・・・

             -  
                               _