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                                                 雪月花、修羅
                    N O H ・ D A N C E




 
2 0 1 8年
  国立能楽堂の6月公演プログラムに「雪なだれる隕石のごとし花の公達」と言うエッセーを執筆しました。

     

        雪なだれる隕石のごとし花の公達


あかい紅牡丹の盛りがすぎて、ベランダに散り乱れた花びらをひとつひとつ拾っては、その壊れそうな薄いビロードの肌をジッと眺めてみた。滅びが近くなったせいで紅黒く光ったところから血いろの部分へ、そして名残の猩猩緋からフランボワーズ・ジャムのような輝きにいまだ満ちあふれている若々しい膨らみ、見ようによっては先端部分で透けてみえるうすもも、それらへ加え、幾本もの濃い糸筋が縦にながれていた。掌の上にのるちいさな世界ではあったが、雲間からふりそそいでくる陽をあびながら刻一刻と表情をかえる取るに足らない命の欠けらを覗いていると、ゆめ幻の刹那とはこのようなものであろうかと思うのであった。

ずいぶん前のことだが、銕仙会の能楽堂で装束や能面などの虫干しをなんどとなく見せていただいたことがあった。能面は能面だけの日を、装束は唐織や箔のような上物と水衣のような薄物の日に分け、冠ものや作物・小道具の類についてもそのつど細かく分けながら日を要して干されていった。そんなある日、鎌倉・室町から現代へ至る貴重な能面を拝見していたときのことだった。はつ夏の風に晒され、蔵や面箱からとりだされた個性あふれる"人格"がもの言わずに鎮座しているさまを端から順次眺めつつ、「あれは『小面』、これは『猩々』」「それは………」と、たがめつすがめつ能面とニラメッコしながら膝行っていると、ふと美しい般若(河内作)に眼が止まった。般若は子どものころからセルロイドのお面などで馴染みがあって、あまりにも形骸化しすぎていたのでよく観察するつもりで無遠慮に覗き込んでみた。それは思いのほかナイーブな般若であった。すると、
  「これ、いつまでも見下ろしているんじゃないよ。あんたより長生きし      
                               ているんだから」
そんなふうな声が突然、金いろに塗られた繭のかたちの眼白に丸ノミで刳りぬかれた暗いがらんどうの眸の奥から響いてきた。「なにくそ、負けるものか」とさらに身をのりだして、ちいさな穴の修羅道から七百(光)年もまえの暗闇へ私はもぐり込んでいった。

能楽堂は銀河系や宇宙そのものを立体的に映しだすプラネタリウム館だといったら、みなさんは笑うでしょうね。でもまんざらではありません。たとえば白州につつまれた能舞台を水の惑星である地球だとするならば、橋がかりというのっぴきならない引力と斥力でつながった鏡の間は月球であり、客席に座っておられるみなさん方の眸は無数に輝く星々となり、天の川銀河となることでしょう。狭い舞台で演じられる時空の流れはブラックホールがつくりだすタイムマシンように自在であって、囃子方や地謡のうねりは雷鳴・隕石・極光など、宇宙の大きさやエネルギーそのものだろう。あるいは、能舞台や鏡の間を火星や木星とするならば、そのあいだをとりもっている多勢の観客は小惑星の集まりのようであって、『星の王子さま』で有名な小惑星 B612というバラの香りのするスペシャルな座席番号がどこかに隠されている秘密があるやも知れません。ましてや薪能であればなおのこと、どこまでも時空を超えてゆくでしょう。そんなふうに考えるならば、小さな能面の小さな眸の奥から星雲とも亡霊ともつかぬノイズが突然もの申したとてなんら不思議ではないのだ。――――銕仙会の虫干しで出会った般若との対話によって、その後、私は能という演劇空間にますます惹かれていったが、手に掴むことのできない声の魅力はさることながら、能役者の息吹がくぐもったうめき声に変換される能面自体が隠し持った"いのち"の裏側に付着する汗や唾の華やぎを思うことしきりであった。「はたして、唾と幽玄は同居するだろうか」などとバカげたことを考えたくらいである。能面の内なる世界には血と汗の入りまじった執念や理性が隠されていて、それらすべてを結んで二つに割ってみせたネガの部分がくだんの般若であった。能は「生」と「死」の刃境で健気にも生きている人間の希望が無惨に踏みくだかれたとき、次にいかなるプロセスでなにに変身してゆくか、その理性を今へと突きつけてくる装置ではないだろうか。けれども、ことはもっと曖昧で、その曖昧なトランスマイグレーションがときに愉快でもあって、私は能を好んでよく見た。しかし思い出せるものはそう何曲もない。先にも話したように、花びら一枚であっても色彩や形状がゆめ幻のごとく消えうせてしまうことに似ているからだ。しかし、八世観世銕之亟氏が晩年に演じられた『朝長』は見事であった。詳細なことは忘れてしまったが、白鉢巻きに先のほうがすこし曲がった梨打鳥帽子へ中将の面をつけ、黒漆塗りされた首桶のような床几に座った朝長(銕之亟氏)は、それ自体がもう〈夢か現か〉〈生か死か〉のはざまにあって、なお理性は天上と地獄を彷徨っていた。?腹一文字に、かき切って………と朝長が前世の死に場を回想した刹那、ものさびしきフラッシュバックによって身体と霊がちぐはぐなカタルシスをひきおこし、銕之亟氏の舞はカタカタとし始める。にわかに、身体と霊の一致に微小なズレが生じて、ズレは断続的な持続をみせながらダイナミズムな痙攣へと至る。本来は一人ぼっちの銕之亟氏の舞姿が二重にも三重にも分身をつくりだし、ときに透明なまでの激しい雪雪崩現象を起していった。

私は思う、黒漆塗りの床几の中の虚無の世界を……… 虚無は拡大され、それが能楽堂というプラネタリウム館を覆いつくし、皮膜となったこの世へ『朝長』のメッセンジャーである八世観世銕之亟氏が遥けき若武者となって修羅をみごとに照射してくれたことを………、その修羅を鎮めようとするシャーマン(ワキ)が居たことを………。けれども、修羅や空しさは特別なものではなく、ごく日常の時間のなかで突然やってくるものであって、旅の僧に回向を頼んであとは消えうせてしまった朝長タイプではなく、困難を自身の理性で克服してゆく航法術を持つことが必要であろう。『朝長』は、北の星の見つけかたまで教えてくれた、と。


        
                         佐藤三千彦(イラストレーター)




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能楽の情報サイト「the能ドットコム」でも「操縦の美学に惹かれて」と言うエッセーを書かせて戴きました。こちらも併せてご覧下さい。


       http://www.the-noh.com/jp/people/essay/002michihico.html




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